母を想う

いつも食事は、

私が席に着くのが最後である。

 

てんぷらなどの揚げ物は

揚げたてを家族に食べさせたくて

揚げてはお皿へを

繰り返しているうちに

家族は食べ終わり

私は一人で食事をすることになる。

 

正直、寂しい。

 

こっちは

年中無休で

家族を想っているのに

 

家族には想われていない

この感じ笑。

 

母親って、寂しい。

 

 

しかし、振り返れば

私もそうだった。

 

思春期の頃は

食事が終わればすぐ部屋へ。

 

中学生になると

ほとんど手伝いをしなくなり。

なのに

世話をしてくれることが

当たり前のように

接してしまっていた。

 

大学生になると

一緒に食事をすることも

めっきりなくなって。

(親は仕事、私はバイトだったりで)

 

喧嘩もしょっちゅう。

大きくなっても

いつも迷惑かけっぱなしで。

 

母さん、ごめん。

 

 

来週は

「母の日」

 

この時期、いつも想う。

 

母は今、幸せだろうか

幸せな人生だったと思えているだろうかと。

 

私もまた母になり

これまでの母の苦労や色んな想いを

想像することが増えている。

 

そのたびに

申し訳なさと

溢れるありがとうで

ぎゅっと心が締め付けられる。

 

 

母も随分と年をとり

帰省のたびに

しわが増え

白髪が増え

何だか背中が丸くなって。

 

凛として美しかった

自慢の母の姿は

もうどこにもない。

 

でも、母の笑顔と

高らかな笑い声は

今でも見るたびに

嬉しくなる。

 

 

口うるさくて

すぐ私を否定して

抱きしめてくれたことも

誉めてくれたことも

なかったけれど

 

私の望む愛情は

与えてくれなかったけど

 

あなたなりに

一生懸命

愛を注いでくれた。

 

 

死産したとき

子どものことより

あなたの体が心配だと

言ってくれたこと

 

今もお米や野菜や

孫へのプレゼントを

頻繁に送ってくれること

 

私の病気が発覚したとき

自分も病気を患っていたのに

そんなことは一言も言わず

私のことをとても心配してくれたこと。

 

 

私、愛されていたね。

 

今も、愛されてるんだね。

 

 憎んでいたこと、

赦してください。

 

 

あなたは愛の伝え方が

下手だったけど

 

自分の人生を犠牲にして

絶え間なく

愛を注いでくれていたんだね。

 

 

 

ありがとう、母さん。

 

私を産んでくれてありがとう。

 

 

色々あったけど

今、心から伝えたい。

 

母さんの子どもで

私は幸せだよ。

 

まだまだ長生きしてください。

 

また会える日を楽しみにしています。